We would like to live with
大好きな人とのご飯の帰り道に考えるけど、かんで私は東京を捨てて地方に出たのか?
就活の時には東京に戻るってわかってるのに、地方の大学に通うって決めた理由は何って最近すごく思う。でもそれは多分仕方なかったことで、いつだって人生辛くなるような道ばっかり進んできた人の当たり前の代償みたいなもので、私自身がどうこうできるものではなかったのかなーって思う。
人より多く出会いと別れを繰り返していく内に自然とそういう環境を望むようになったのかもしれないなーって。
何も知らない人と話すことが大好きで、自分の情報を一から伝えることも大好きな私は、こうして人とコミュニケーションを取るしかないのかなって思う。
小中高大、バイト先、とみんなが私に抱くイメージは違うけど、自分が本当に大切に思っている人たちだけに私の本当の顔が見えていたらそれでいいのかもしれないな
かまちょだったりお姉さんだったり相談役だったり自分のことを語りたがらない人だったり、その人にはその人の、私自身でも思いつかないようなイメージを抱いてくれているならそのままで
むしろそのままにすることになんの悪いことがあるのかなって思って
人間が大好きだからどんな人でも大好きになります。どんな人でも嫌いにはならなくて、どうしてもいいところを見つけてしまうし、見つけたらいいところばかりを見て、他人の意見は聞かなくなるし、そうやって生きてきてるんだから、変わることはないんじゃないかな
出会った人たちのことは全員かわりもなく大好きで、そんな私のことを好きと言ってくれる人たちのことは自分の命と同じぐらい大切で、いつまでも変わらぬ愛情を注いでいきたいって思っちゃうの
何話してるのかって、私にもわからない話しないでくれる
もう寝ろって誰か言って、今日熱燗徳利5個は飲んだのね、今は帰り道だけど
おやすみなさい
20170330